UCIマスターズ世界選手権において、2006年と2007年の2年連続で金メダルを獲得、500m個人タイムトライアルの年代別世界記録も持つ和地恵美さん。この活躍によってちょっとした有名人になったと言って良いだろう。新聞のローカル面には写真入りで紹介され、多くの雑誌のインタビューを受け、BSデジタルの自転車関連番組にも取り上げられた。もちろんCYCLINGTIME.comにも何度も登場している。地元の東京・町田市のショップ「たかだフレンド」に行けば、マスターズ世界チャンピオンの証である「青いアルカンシェル」ジャージが誇らしげに掲げられている。


■マスターズ世界戦を2度制した「先生」そして「お母さん」

2007年10月にオーストラリア、シドニーで開催されたトラックマスターズ世界選手権で女子500mタイムトライアルを制した和地さん。2006年の同大会で女子個人追抜45〜49歳クラスで優勝し、同年齢の「BEST RIDERS 2006」も受賞している

2007年の和地さん自身による参戦レポートによれば、2006年に記録した自己ベストを破ることが2007年の目標であり、金メダル獲得は最初からの目標だったようだ。そして帰国便の航空チケットをキャンセルして3-4位決定戦に臨んだりなど、ハプニングもあったようだ。しかし、栄冠と一緒に日本に帰ることができた。次の目標はもう2008年のマスターズ世界選連覇だ。

和地さんの普段の顔は、東京都下の小学校で担任を持つ教師であり、2人のお子さんを育てる母なのだ。いったいどこから、マスターズ世界戦を制するようなパワーが出てくるのだろう? 和地さんに訊いてみた。

「以前は時間講師だったので、その頃は今よりももっと練習できていましたね。昨年から担任を持っているので、練習の時間は限られています」と語る和地さん。平日はもっぱら、自宅と勤務先の学校との行き来が練習時間に充てられる。

「学校まで、まっすぐ行くと7kmくらい。週に2回はそこを遠回りして40km、1.5時間ぐらいかけて通うようにしています。余力があれば、さらに夕方に走ったり、筋トレをしたり」。

教員という仕事は昔と違って季節の休みは殆ど無く、普段も一般人が思っている以上に拘束時間が長い仕事だ。小学校と言えども、授業が終わった後も会議だ何だとやることが多い。しかも和地さんの場合、家に帰れば家族がいる。もちろん、夕食の支度だってする。

「ごはんは、3分間クッキングみたいな感じで」と笑う和地さんだが、出来合いのものでは済ませていないというのは母親としての意地か。夕食を済ませたら22時までは「おとなしい方の趣味の時間」。エッセイを書いたり絵を描いたり。この趣味のほうも本格的で、なんと2008年3月には2冊目のエッセイ集が出版された。一冊目は「春の贈り物」。2冊目は「輝きの彼方へ」(ともに日本文学館刊行)。母として、教師として、また自転車選手としての自身の生活の体験談を綴ったエッセイだ。レースという競争の世界に身をおきながら、決して生活を犠牲にはしない姿勢が綴られている。

エッセイや絵を描いて落ち着いたら、23時には寝て、翌朝は5時に起床。家事を済ませて通勤兼トレーニングへと出る生活サイクルだ。

お子さんは高校3年生と1年生。下の子は陸上部で砲丸投げの選手。そんな子供たちは和地さんのことを「運と気合と元気魂(げんきだま)で出来ている」と表現するらしい。一方、旦那さんはというと「あきらめている」(和地さん)のだそうだ。

「旦那は中学のときからの友達なので、"この人は、やりたいことをやらせてあげるのがいちばんなんだ"って、わかっているんだと思います」。


■自転車競技を始めたのは2002年、そこから4年でマスターズ世界戦へ

和地さんと旦那さんは、学生時代ともに陸上競技に熱中した仲だ。和地さんが自転車の世界で良い成績を出せているのも、陸上というベースがあったからだろう。走り幅跳びをやっていた和地さんは、インカレで2位なったこともあるほどだ。ところが小学校の教員になった後、その幅跳びで思わぬ目に遭う。

「小学校の体育の授業で骨折したんです。"こうやって跳ぶのよ〜"って手本を見せるつもりが、動けなくなってしまって」

手術をして、しばらくは車いすの世話になるほどの大怪我を経験。その後リハビリで普通の生活に戻ることはできたものの、年齢もあって体力の衰えを感じずにはいられなかった。そこで「何かスポーツを」と考え、目を付けたのが自転車。「水泳などほかにもスポーツの経験はあったのですが、学生時代ずっと自転車通学をしていたので、自転車だったらできるかなぁと思って」と言う和地さんは、タウンページで地元の自転車ショップを探し、町田市内の「たかだフレンド」に行き当たる。このとき足を運んだのが、たかだフレンドのようなバリバリのプロショップだったのも「運」だろう。

「でも2001年、乗り始めてすぐの頃にサイクリングロードでポールに突っ込み、歯を8本折るケガをしたんです。たかだフレンドのクラブランに行くようになったのはそれから1年後くらい。その年の7月に、雨の群馬CSCで行われたJCRCに出て、"もうこんな怖くて苦しいことはやらない"って思ったんだけど、帰ってくる頃には"次のレースはいつだっけ?"っていう感じで」。

一気に競技の魅力にハマッた和地さんは、競技を始めて4年後には知人のすすめでUCIマスターズ世界戦のバンクの上に立っていた。JCF(日本自転車競技連盟)から日本代表選手団を送り込むというわけではなく、「出たい人が出る」のが現状のUCIマスターズ世界戦だが、世界各国から強力な選手たちが集まっていることには間違いない。


マスターズ世界選2007で金メダルとアルカンシェルジャージを授与される






レース仲間の戸井麻里子さん(なるしまフレンド)、岡野尚美さん(スペードエース)と。「オトコマエの走り」を目指す3人だ






和地さんのエッセイ集「春の贈り物」「輝きの彼方へ」(ともに日本文学館刊行)。ほんわかと暖かく、そして限られた時間と制約だらけの中で自らを奮い立たせる市井のチャンピオン「和地ワールド」に浸りたい方は、ぜひ手にとって欲しい




たかだフレンド(東京・町田市)の仲間たちと。かつて佐藤琢磨が所属したクラブはレースが大好きだ






たかだフレンドの高田雄司店長。「和地さんと佐藤琢磨。やっぱり勝負師として共通するメンタリティを感じます」






マスターズ世界チャンピオンの証、青いアルカンシェルを身に纏う






■出会いを糧に2008年もタイムに挑む

2007年の年明け、和地さんは2度目の骨折を経験する。「そのときは、"また2〜3年かかるのか"って思いました。でも、手術しなかったのが良かったのかもしれないですね。私はほとんどサプリメントを摂らないのですが、愛飲しているコラーゲンが効いたのかもしれないですね」と語る和地さんは、数ヶ月で自転車に復帰、そして2007年のマスターズ世界戦でも金メダルを獲得したのは承知のとおりだ。

和地さん自身「周りの人に助けてもらってばかりです。友達がいるから、闘う勇気が湧いてくるのだと思います」と語るように、自転車に乗るようになって多くの出会いがあって、それが和地さんの支えになってきた。例えば、元競輪選手で、交通事故の障害と闘いながらパラリンピックを目指す石井雅史さん。石井さんもまたマスターズのメダル獲得の常連さんだ。

「石井さんには、"日の丸をつけて戦う"ということはどういうことなのかを教えてもらいました。私の勤務する小学校にも来ていただいて、子供たちに話をしてもらったことがあるんです。そのときの石井さんの"あきらめない"というメッセージが印象に残っています。石井さんと知り合えたことで、以前とはまた違った気持ちでバンクに上がれるようになりました」

また、ロードでもよき友に恵まれた。なるしまフレンドの戸井麻里子さん、スペードエースの岡野尚美さんとは、3人で「オトコマエの走り」を目指しているのだそうだ。「"気風(きっぷ)のイイ走りは、負けても悔いが残らない。そんなレースをするのが誇り"と、戸井さんから教わりました。大きな包容力と根性を併せ持っている岡野さんにも、とても惹かれています」。

2008年の目標については「500mタイムトライアルで良いタイムを出したい」という和地さん。「メダルは後からついてくるもの。今までメダルが取れたのはラッキー」とも言う。そのために日々のトレーニング、バンクでの練習、そして500mTTを走り切る体力を付ける意味で、ロードレースにも参戦し続ける。

周囲の期待も小さくない。

「クラスの子供たちも、自分のことのように喜んで、誇りに思ってくれているみたいですね」。

たかだフレンドの高田雄司店長は、和地さんの意思の強さを次のように話す。

「言い訳せずに頑張っていると思います。そして集中力が高い。乗りたい、勝ちたいという意思が強いんでしょうね。そしてそのために徹底して、やる。その徹底の度合いが人と違う。そういう意味では佐藤琢磨に近いところがある。メンタルが先行していないと、勝てないんですよ。そうじゃないと、体が動かない」。そう、高田さんが例に挙げたF1ドライバーの佐藤琢磨も、かつてたかだフレンドで自転車競技に打ち込んだのだ。

2008年、和地さんは「良いタイムを出したい」というモチベーションで、三たびUCIマスターズ世界選に挑むだろう。その語り口はいつも優しいのだけれど、きっと「運と気合と元気魂」で己の目標を勝ち取って来るだろう。

2007年大会では「世界記録を出したら、ドーピング検査で720ドル取られたんです! そんなに現金持ってないからカード払いで(笑)」。自己負担で検査を受けなければ世界記録として公認されないという、笑って良いのかどうかわからないエピソードもあるのだが、その720ドルも今年はしっかり予算に入っているようだ。


text : Gen SUGAI
photo : Makoto AYANO

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